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竹田理琴乃ピアノ・リサイタル 第1夜愛と別れ(2022年12月16日)

2022年12月16日(金)19:00~ 金沢市アートホール

1) 向井響/ピアノのための「楽園の鳥たち」(竹田理琴乃委嘱作品,世界初演)
2) ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ第30番ホ長調,op.109
3) シューマン(リスト編曲)/献呈,S.566
4) ブラームス/6つの小品 op.118~第2曲間奏曲イ長調,第3曲バラード ト短調,第6曲間奏曲変ホ短調
5) ショパン(小林仁編曲)/ピアノ協奏曲第1番ホ短調, op.11(弦楽六重奏版)
6)(アンコール)ドビュッシー/子供の領分~ゴリウォークのケークウォーク

●演奏
竹田理琴乃(ピアノ)
水谷晃、シドレ・オヴシュカイテ(ヴァイオリン*5),ダニール・グリシン,般若佳子(ヴィオラ*5),ソンジュン・キム(チェロ*5),ダニエリス・ルビナス(コントラバス*5)

Review

金沢市出身のピアニスト,竹田理琴乃さんのリサイタルを金沢市アートホールで聴いてきました。プログラムは,前半が竹田さんが委嘱した新作の初演,ベートーヴェンとブラームスの晩年の作品ほか。後半が弦楽六重奏版のショパンの協奏曲1番。竹田さんの「新境地」と「十八番」を存分に楽しませてくれる充実した内容でした。

このリサイタルは,3年計画で行うシリーズの第1回目で,今年は「愛と別れ」がテーマでした。ベートーヴェンの愛情のあふれたソナタ30番,ともにクララに献呈されたシューマンとブラームスの作品。ショパンのピアノ協奏曲第1番も故国から去る前の告別演奏会で演奏された作品。聴きながら,愛と別れは「つながっているなぁ」と改めて思いました。

この日は,全曲について竹田さんが各曲の概要や演奏の意図などについて解説をした後,演奏されました。最初に演奏された向井響さんという若い作曲家による「楽園の鳥たち」という新作は,「鳥目線で書かれた曲」ということで,鳥好きの竹田さんのための「当て書き」の作品ということが言えそうです。

鳥をテーマにした曲といえば,メシアンの「鳥のカタログ」というピアノ曲集がありますが(正直なところ…「知らんけど」という程度にしか知識はありませんが),この曲に通じるような,キラキラとした硬質の音が印象的な作品でした。高音は鳥がさえずるイメージだったのでしょうか。静かな雰囲気になったり,大きく羽ばたくような感じになったり,勝手に想像しながら聴いていました。全体として,どこかラヴェルやドビュッシーなどのラテン系のピアノ曲を思わせる,洗練された雰囲気もあるなぁと思いました。

続いて,ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番が演奏されました。竹田さんの演奏するベートーヴェンといえば,楽都音楽祭の第1回目の企画で行われた,べートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番を思い出します(1曲目とのトリつながりで言うと...3夜連続演奏会の「大トリ」の曲でした)。その時の集中力抜群のすごい演奏のことを思い出しました。

ただし第1楽章の冒頭は,32番とは対照的。何かに憧れるような思いが,うわっとあふれ出るよう感じで始まりました。じっくりと演奏されたピアノの響きが美しかったですね。対照的に時々出てくる,輝きのある高音は耳に刺さってくるようでした。

第2楽章もクリアなタッチによる鮮やかな音楽。気合いが乗っていて,若々しいなあと思いました。第3楽章は変奏曲。落ち着きのある,澄んだ世界が広がっていくようなテーマに続いて,色々な表情を持った変奏が続きました。しだいにエネルギーが高まっていき,最後はまた静けさに戻る構成の中に自然なドラマを感じました。

続いて,シューマンの歌曲をリストが編曲した「献呈」が演奏されました。この曲は,近年の人気の作品だと思います。反田恭平さんをはじめ,色々なピアニストが演奏するのを聞いたことがあります。

シューマンが妻のクララに「献呈」した作品ということで,純粋な「愛」がしっかりと盛り込まれていました。竹田さんの演奏も,豊かな音で暖かく歌われていました。メロディがくっきりと聞こえてきたので,曲の背後に歌詞が流れている無言歌のように感じられました。キラキラした感じもあり,ロマンティックだなぁと思いました。

次に演奏された,ブラームスの6つの小品op.118もクララに献呈された作品。シューマンの場合とは違い,ブラームスとクララについてはちょっと複雑な関係にはなりますが,その思いの純粋さは同様といったところでしょうか。

今回,6曲の中から選ばれた3曲については,各曲ごとのキャラクターが鮮やかに描き分けられており,前半演奏された曲の中でも特に聴き応えがありました。

第2曲間奏曲イ長調は,静かで悟ったような雰囲気のある作品。竹田さんによるプログラムの曲目解説に書かれていたとおり,一時絶縁状態にあったブラームスとクララの和解といったムードがありました。透明感のある音楽の裏に熱くせつない愛が溢れているようなとても美しい演奏でした。

第3曲バラード ト短調は,まず冒頭の強烈なタッチにびっくりしました。速めでグイグイと迫ってきて,意欲に溢れた音楽になっていました。クララと仲直りして,気分的に若返ったブラームスといったところでしょうか。

第6曲間奏曲変ホ短調は,再度静かな感じに戻りました。最後はやはり諦めムードでしょうか。美しさとミステリアスな空気感が同居してる感じで,「いつの時代の音楽だろう」という響きの新しさも感じられたのが良いなぁと思いました。

後半のショパンのピアノ協奏曲第1番の弦楽六重奏版は,水谷晃さんをはじめ,オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の奏者を中心とした金沢でお馴染みの弦楽奏者たちとの共演でした。ちなみに,この曲の編曲者である小林仁さんも会場に会場に来られており,演奏前に紹介されました。

そういえば...約1年前,北國新聞赤羽ホールで宮谷利香さんのリサイタルが行われた際にも小林さんが来られていたことを思い出しました。その時はやはり弦楽六重奏版のショパンのピアノ協奏曲第2番が演奏されました。これで「ショパン=小林の協奏曲」2曲コンプリートということになります。

第1楽章の序奏が始まると,結構,響きがデッドだなぁと思いました。ピアノ独奏の時には感じなかったのですが,弦楽器の音についてはダイレクトに音が飛び込んでくる感じで,生々しさを感じました。コントラバスの音にも重量感を感じました(ダニイル・グリシンさん,ソンジュン・キムさん,ダニエリス・ルビナスさんが揃うと見るからに迫力がありました)。水谷さんのヴァイオリンのしたたるような美しさも印象的でした。

竹田さんのピアノもクリアで,最初の音を聞いただけでスカッとさせてくれました。竹田さんは今年のガル祭でもこの曲をOEKと演奏しましたが,今回も迷いのない音が気持ちよかったですね。歌うべきところは緻密に,かつ,くっきりと歌われ,ソリスティックにピアノの音が浮き上がっていました。第2主題もせつなくも美しく,じっくりと聞かせてくれました。それでいて情に溺れる感じはなく,凜とした強さもありました。

小ホールでの室内楽編成だと,時々出てくるピアノと対旋律との絡みが特に美しく感じられました。通常版だとファゴットで演奏される部分がチェロで演奏されたりするのも新鮮です。楽章のクライマックスなどでの,弦楽六重奏の充実した響きとピアノが一体になってのスピード感のある盛り上がりも聴き応えがありました。

ショパンの協奏曲の場合,オーケストラは「伴奏」という感じになる部分が多いのですが,その薄い響きも室内楽として聞くと心地よく響き,しっかりと独奏ピアノを引き立てていました。

第2楽章では弦楽器は弱音器を付けるのですが,その音色の変化が鮮明に分かるのも小ホールならではです。ただし,響きがデッドだったので,弦楽器の音については,あまり幻想的な感じにはなっていないかなと感じました。

ピアノの音の方はくっきりと美しく,竹田さんの磨き抜かれた音をストレートに楽しむことができました。グリシンさんのヴィオラの貫禄のある響き,水谷さんのヴァイオリンのはかなげな響き...絶妙の弦楽伴奏付きノクターンといった感じでした。楽章後半に出てくる,キラキラした響きもミステリアスでした。

第3楽章でも竹田さんの切れ良く,グイグイ迫ってくるようなピアノが冴えわたっていました。スピード感のある弦楽合奏の上で自然に弾むピアノがとても楽しげでした。途中ポーランド民謡風のメロディが色々と出てきますが,それぞれが鮮やかに演奏されており,演奏者たち同様に,聞いている方の気分も段々熱くなってきました。楽章の最後の方は,目にも止まらぬスピード感。さすが!というショパンでした。

この充実のショパンの後には,盛大な拍手。アンコールでは,ドビュッシーの「ゴリウォークのケークウォーク」がキレ良く,ノリ良く演奏されました。堅苦しくなく,自然なユーモアが漂っていたのも良かったと思います。

竹田さんのトークによると,この曲もドビュッシーが愛する娘に送った作品。そういった話を聞きながら,今回のプログラム全体が,竹田さんから聴衆へのプレゼントだったのかなと感じました。このシリーズは3年シリーズで毎回テーマを決めて行われるようです。来年以降も期待したいと思います。

PS

ツイッターの方で書いた「アイデア」もせっかくなので引用しておきたいと思います。


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